「激戦」

 「ったくっ! いつになったら奴の弾はなくなるんだよっ!」
 「あの図体だからな。まだしばらくあるだろうよ」
 トレーラーで作ったバリケードの向こうでは、異様な光景が広がっていた。
 突如鳴り響いた警報に、内閣直属の特殊公安局、通称特公の局員は色めきたった。アラートはMD、重要警戒レベルだった。
 今回の出動には総勢6人3班ある事態処理班のうち、2班と3班が選ばれた。
 「今回はハチマル式を持っていけ。タイプP2を2機、P3を1機出動させろ」
 特殊公安局局長の河柳がじきじきに指示を出した。
 そもそもは再開発地区で起こったテロだった。幌付きトラックの荷台からあたりにいきなり銃弾やミサイルをばら撒きだした。やがてその幌を突き破るようにして5メートルほどの大きさのロボットが現れたのだ。
 もちろん、あたり一帯は大パニックになったが比較的普警の初動が早かったため、被害は何とか最小限に食い止めることができた。今は普警と特公が共同で何とか暴走ロボットを囲い込んでいる状態だった。
 「ミサイルはもう残ってねーんだろうな」
 河本が怒鳴る。バリケードの向こうであまりに派手に暴れているので、こうでもしないと会話が成り立たない。
 「わかるか、んなもん」
 河本と同じ2班の小川が返す。彼ら二人はちょっと変わった格好をしていた。比較的ぴっちりとした、体のラインが出るような服なのだ。もちろん、要所要所にプロテクターはあるが、このような銃撃戦の中でははなはだ心もとないように見える。
 二人と同じような格好は、もう一人いた。
 「民間人の避難はまだ終わらないんでしょうか」
 特公の事態処理班の紅一点、山咲である。彼女は3班所属だが、河本や小川と同じ服を身に着けている。
 よく見れば彼らの服は、戦闘機のパイロットが着用しているものに似てなくもない。そして実際、これはパイロットスーツであった。
 「普警ががんばってくれているが、まだあと少しかかりそうだ。それまで被害を拡大させるわけにはいかんな」
 山咲と同じ3班の滝がヘルメットの無線を確認して答える。特公の4人の中では彼だけがごついシルエットの外骨格型強化ユニットのパワースーツを身に着け、左手に異様に大きなランチャーのような火器らしき物を持っている。
 「すこし仕掛けて、黙るかどうか試してみるか?」
 こくりと山咲はうなずくと、その場を離れ、小走りに何処かへ去っていった。
 「さて、と」
 滝はトレーラーの上に腹ばいになり、左肩に大きなリコイルシステムまで搭載した50ミリ無反動砲を構えた。歩兵の携帯兵器で50ミリなど正気の沙汰ではないが、それ以前に彼らは公安なのだ。もっとも国家公安委員会とは何の関係もないのだが。
 「河本、小川。こっちはちょっと仕掛けてみる。うまくすれば多少黙らせられるかも知れんからな」
 「なに?!」
 河本がぎょっとして、滝のほうを見る。
 「あの長射程の火器だけでもつぶせれば多少静かになるだろう」
 「ちょっ、待てって。そんなことしたらこっちにバカスカ打ち込まれるだろうが」
 「だからこうして先に伝えたんだ。準備しろよ」
 一瞬河本がすさまじい表情になったが、結局何も口にせず、小川に身振りで何事か指示すると、二人は別のトレーラーのほうに移動した。
 滝はスコープを覗き込む。そこに移ってるのは悪夢を具現化させているといっても通じそうな、奇怪な化け物だった。
 下半身はかろうじて人型をしている。問題は上半身だ。下半身から中国あたりで作られた無線制御式の歩行式汎用砲撃車両がベースだろうが、ほとんどその面影を残していない。無理やり取り付けたと思しきランチャーやガトリング砲といった重火器がそれこそハリネズミのように四方に突き出している。ミサイルはどうやら撃ちつくしたようだが、パージシステムがないのか、空のミサイルランチャーをそのままぶら下げている。だからといって安心はできない。先ほど砲撃の中にレールガンらしき曳火があったと情報があった。そうなるとうかつに身をさらせない。普通の銃と違い、弾の初速が桁違いのレールガンの前ではこちらの装甲など紙切れ同然だ。
 「レールガンだけでもつぶしたいな」
 滝がつぶやくようにそう言ったときだった。
 「滝さん、こちらは起動しました。砲撃体制に入ります」
 了解と告げ、滝は目だけで右のほうを見た。
 それは、巨大な特公のトレーラー2台の向こうで立ち上がるところだった。トレーラーよりまだ大きい。全高は4メートルほどか。暴れているハリネズミと違って、こちらはきれいな人型をしている。やや猫背で背中が大きく膨らんではいるが。表面は濃い灰色でマット加工されており、肩関節を保護する目的で服のストラップのような細い帯状の装甲が特徴だ。
 これが、特公の切り札とも言われているハチマル式だった。正式名は二足歩行型汎用装甲車両80式。今立ち上がったのは山咲がよく使うタイプP3。右肩にスナイピングライフルを装備したタイプだった。
 「山咲、レールガンは確認できるか?」
 タイプP3はセンサーもかなり強化されている。しかし山咲の返答は期待を裏切った。
 「だめですね、ノイズが多すぎる上に、余計なユニットがごちゃごちゃ付いてて」
 そうかとだけ答えると、滝は再びスコープの中のターゲットをにらみつける。今は山咲の機体からリンクしたデータも重なって見えている。
 「仕方ない。俺が仕掛けるから、援護頼む。解析もな」
 「了解」
 滝は肩に担いだ50ミリ無反動砲を構えなおす。スコープの中にはろくに目標も決めずに弾を撃ちまくっている狂戦士を捕らえていた。
 どしゅっ!
 腹の底に響く音とともに、強烈な衝撃が滝の全身を襲う。「無反動」などといっても実態は「いくらか反動を低減している」程度だ。もちろん、パワースーツがあるからこの程度で済んでいるという部分もあるだろう。
 砲弾は一直線に狂ったロボットに突っ込んでいく。次の瞬間、大きな衝撃音とともに異形の怪物はバランスを崩した。
 どんっ! どんっ!
 その隙を逃さず、山咲のハチマル式が肩のスナイピングライフルを撃つ。ロボットにつけられていたロケットランチャーのいくつかが、火花を散らしながらはじけ飛んだ。ロボット自身もバランスを崩してあらぬ方向を向いている。
 「よしっ!」
 滝はロボットの足をスコープ中央に捕らえ、トリガーを引いた。
 ガ、ガァンッ!!
 爆発の大音響とともに、暴走ロボットの右足がひざから下が吹っ飛んだ。それでなくてもバランスを崩しかけてたので、これでどうっ、と横倒しになる。しかし安心はできない。ほとんどの武器はまだ生きているのだ。
 ダダダダダダダン!
 案の定、ヤツは倒れた体制のままでも銃撃をやめる気はないらしい。しかも今回は明らかに山咲のハチマル式のほうを狙っている。先ほど攻撃を受けた際に射撃地点を確認していたのか。だとしたら単なる暴走ではない可能性がある。
 どしゅんっ!
 滝はもう一発打ち込むと着弾も確認せずにトレーラーから飛び降りた。着地の瞬間、肩に無反動砲の重量がずしっ、とかかってくるが、かまわずすぐにダッシュして移動する。
 直後、彼がいたトレーラーに多数の銃弾が浴びせられた。小さな爆発音が二回ほどあったあと、トレーラーは内部から破裂するように爆発した。燃料の水素タンクが破裂したんだろう。
 しかしこれでバリケードの一部に穴が開いたことになる。そこへ大きな人影が二つ、穴をふさぐように立ちはだかった。
 「待て! まだ撃つな!」
 「わかってる。あいつをここに足止めするだけだ」
 人影はハチマル式だった。2機ともタイプP2。両肩に多目的ランチャーを装備した攻撃力重視の機体だった。もちろんパイロットは河本と小川である。二人のハチマル式は手にそれぞれライフルのような大きな銃を持っている。識別マーキングで03となっている河本機が100ミリレールガン。同じく04の小川機はさらにバレルの長い80ミリマルチライフルだ。油断なく構えてはいるが、トリガーを引く様子はない。
 「俺だ」
 その無線は特公全員に唐突に話しかけた。局長の河柳だ。
 「たった今連絡が入って、市民の避難は完了した」
 そこで河柳は一息置いた。
 「とっととその化けもんを黙らせろ」
 「了解っ!」
 全員がいっせいに動き出した。2班の河本、小川両機は手にした銃のトリガーを引き、ランチャーからグレネードも打ち出した。山咲機のP3はスナイピングキャノンを連射しつつ、腰だめにしたスマートガンの引き金も引き絞った。
 一方、滝だけは攻撃には参加せず、場所を移動していた。バリケード内に閉じ込められたトラック。それを目指していた。
 「気をつけろよ、まだなんかあるぜ」
 小川が機体のセンサー画像を送ってきた。それにはトラックのサスが標準よりもやや沈み込んでいることを示していた。
 「サンキュ、気をつけるよ」
 もちろん滝はそんなことは先刻承知だった。視界の端に一方的に攻撃され、どんどんその形を変えていくロボットを捕らえながらトラックに近付く。
 「河本、後はそっちに任せてもいいか?」
 「ああ、こっちは大体片付いた。あとは最終確認と片付けくらいだ」
 「よし、山咲、来てくれ。バックアップを頼む」
 了解の無線を聞きながら、滝はトラックの脇まで来た。肩には50ミリ無反動砲を構えて、スコープ内には運転席を捉えている。
 ロボットはもはやスクラップの山でしかなかった。その残骸を避けて滝のすぐそばまで来ると、山咲もスマートガンをトラックに合わせる。
 「山咲、呼びかけてみてくれ」
 「車から降りてこいっ! さもなければ撃つっ!」
 外部スピーカーから流れがした声は、あえて音量を大きめに設定してあるようだ。びりびりと周りのものが振動している。しかし、トラックは何も反応しない。
 だぁあんっ!!
 トラックの荷台にスマートガンが打ち込まれ、一瞬、その衝撃でトラックが浮いた。
 「さっさと降りろっ! 次は当てるっ!」
 暴力的もいいとこだが、これが特公だった。現にまわりの3人は誰も彼女の行為に反応しない。
 数瞬、誰も動かず、山咲の指がトリガーを引こうとしたまさにその時だった。
 ばばばばばんっ!!
 連続する破裂音のような音とともに滝が後方に吹っ飛んだ。居合わせた3人はなにが起こったのかすぐには理解できなかった。
 それはトラックの窓から突き出された腕だった。機械化された腕からは4本のバレルが突き出し、紫煙をなびかせている。
 「うーごくーなよ?」
 間の抜けたしゃべり方をしながら、サイボーグテロリストがトラックから降りてきた。
 「こいつはまだ生きてるよなぁ? まだ生かしときたいよなぁ? 生かしときたきゃ動くなよ?」
 へへへと薄ら笑いを浮かべながらも、左手の銃口は滝をしっかりとホールドしている。
 「お前らのせいで、俺の大切なおもちゃがパァだ。どうしてくれるんだよ?」
 ゆっくりとした動きで、テロリストが全身を現した。ほとんどゴリラのような体型をした、明らかに違法サイボーグだ。両腕が不釣合いに長くて太い。銃を内蔵しているからだろう。それを支えるためか胸板も極端にデフォルメしたようになっている。
 「おい、それに乗ってるのは女だなぁ? お前のそいつをいただこうかぁ。俺のおもちゃのかわりだぁ」
 「断る」
 「へ?」
 即座に否定した山咲の言葉に、違法サイボーグは一瞬あっけにとられたような顔になった。
 「てんめぇ〜、こいつをぶっ殺されたいのかぁ? ああ?」
 「誰が殺されるって?」
 どがぁんっ!
 至近距離から50ミリを食らったサイボーグは、その上半身をほとんど消し飛ばされてしまった。残った両足もやがて力なく崩れる。
 「無事だったんですね」
 「ああ。とっさに後ろに飛んだんでダメージはそれほどでもなかったんだが、センサーがホワイトアウトしちまったんで再起動に時間食ってた」
 滝が立ち上がりながら答える。
 「さて、これでやっと終わりか」
 集まってきた3機のハチマル式の向こうにロボットがスクラップとなって煙を上げていた。
 時に西暦2081年。前世紀末から始まった世界的大再編はまだ混沌とした状態を脱せてはいなかった。