「動き出した世界」 機動直装グラバランス 第1話

 轟音を立てて走ってきた車列が、森に入ってすぐに次々と止まった。全部で5台。うち一台はいかめしい軍用車両、大型戦闘指揮車だが、残りの4台はまるでそれ一台が建物かと思うほど巨大なトレーラーだった。
 「よし、ここにキャンプを展開して準備をするぞ。設営急げ!」
 指揮車から降りてきた人物が指示を飛ばす。夏季も終わりに近付いたとはいえ、森はまだうっそうと茂っている。下生えを手早くなぎ払い、キャンプを設営していく。
 彼らはこの国、ラムランス公国所属の軍人だった。しかし自国内とはいえ、彼らの表情は硬い。
 「急げよ。日が落ちる前に終わらせんと夜は投光機なんぞ使えんぞ」
 トレーラーから降りた初老の男性が厳しい顔でそう言う。
 そう、これは訓練などではなかった。ことは数日前にさかのぼる。
 ラムランスと国境を接しているゴルドアの直装機が突如、国境を越えて進軍してきたのだ。もちろん、事前に宣戦布告などない。国境警備軍は即座に対応したものの、彼我の戦力差が大きすぎ、あっという間に駆逐されてしまった。
 そう、直装機。この時代、戦争の主役はこの14、5メートルほどの人型兵器が担っていた。むろん航空機も戦闘車両もあるが、直装機はそれらとはまったく違う戦い方を示した。
 「よーし、 起こせぇ!」
 止まっていたトレーラーのカーゴベイが開くと、モーターのうなりとともに中から巨人が現れた。各トレーラーから2つずつ、計8つの巨大な人影が森をバックに立ち上がる。
 ラムランス側も黙っていたわけではない。この国が属する『南部国家連合』を通じて外交ルートで厳重に抗議すると同時に、国境地帯に自国軍を派遣させ、また前述の南部国家連合に連合軍の出動を依頼した。だが連合はこの時点では国家間の紛争であり、連合として軍を派遣することはできないと回答してきた。この連合の対応を受けてラムランスは軍備を増強して当たることとなる。しかしそんな急に戦力は増やせないので外人部隊を設立することにした。
 立ち上がった8機の直装機は、機種がばらばらだった。彼らがその外人部隊のひとつ、ラムランス国直装機軍直援第31分隊である。
 「明日の朝には来るか」
 「そうですね」
 一組の男女が森のほうを見つめながら話してる。分隊長のエディと副官のリスだ。彼女は直装機乗りには珍しい女性で、二人は同じデザインの全身を覆っているマントのようなものを着ている。
 「制空権はどうなってる?」
 「微妙ですね。一進一退といったところでしょうか。明日は航空支援はあまり期待できないかと」
 直装機は基本的に陸戦兵器なので、空からの攻撃に弱いというのは戦車などと同じである。もっとも戦闘機の機銃程度で穴が開くような装甲ではないが、その腹に抱えたミサイルや爆弾となると話は別である。
 エディは振り返り、キャンプのほうを見た。
 直援第31分隊は総勢80名ほどで構成されており、そのほとんどは正規のラムランス軍人である。彼らが外人部隊といわれるのは、その主力である直装機のパイロットが外国人であるためだ。といっても前述のリスはついこの間まではラムランス所属の直装機乗りだったのだが。
 キャンプのほうから一人、近付いてくる。先ほどの初老の人物、マーモだ。
 「機体は全機、ダブレッサーに火を入れてあるからすぐにでも起こせるが、どうする?」
 本来、階級で言えばマーモのほうが下なのだが、そんなことは感じさせないフランクな口調で話しかけてくる。彼が整備で培ってきた経験がそれを支えているのか。
 「いや、キャンプの設営が終わったら全員に食事を摂らせよう。その次はいつ食事ができるかわからんからな。直装機の起動はその後でいい」
 了解と告げてマーモはさっさと立ち去る。キャンプでは彼が最も忙しいのだ。
 「もつれますかね?」
 リスが鋭い視線を投げかける。
 「そうなると厄介だが、この地形なら何とかなるだろう」
 ここから国境まではうっそうとした森が広がっており、直装機などが通れるようなルートは限られている。そうなれば一度に相手をする数も限られて、勝機も見えてくる。
 「問題は空、か」
 二人は日が傾き始めた空を見上げた。見たところ静かだが、この空のどこかでは支配権を争って航空機同士が鍔迫り合いをやっているのだろう。その結果しだいではこちらの対応も大幅に変えなくてはならない。
 「ブリーフィングをやってから、俺たちも飯を食っておこう。どうせしばらくは何も食えなくなるんだ」
 直装機のパイロットというのは他の搭乗型兵器と違い、実に独特な形で機体に乗り込む。コクピットはあるが、その内部はゲル状の液体のようなもので満たされているのだ。これは機体の操作方法に由来する。直装機はパイロットが頭で考えたことを読み取り、その動作をするのだ。実際にはパイロットは自分の手足を動かすように、機体を操ることができる。これはパイロットが着る特殊なスーツ、センサーウェアと頭部全体を覆うヘッドセットが脳波や筋肉に伝わる神経電流を読み取り、それを期待に伝える媒介として透明なゲル状の物質、ハイドロコネクターが使われている。このハイドロコネクターはパイロットと機体をつなぐだけでなく、機体にかかる衝撃も緩和してくれる緩衝材の役割もあった。しかしこのおかげでパイロットはコクピット内に密閉する必要があり、そのため途中で休息をとったりということがかなり難しくなっていた。
 戦闘指揮車は兵員輸送車も兼ねているため、16人まで乗ることができた。そこに今は8人の男女が厳しい顔を突き合わせている。
 「状況は前にも言ったとおり、明日の夜明け前後にはゴルドアの連中がこのあたりまでやってくる。情報部の連中を信じるなら、だが」
 そこでエディはいったん区切った。というのもここにいるのは彼を含めてみな傭兵なのだ。一匹狼に近い彼らは、基本的に自分以外をあまり信用しない。
 「この脇の街道を友軍が最後に撤退するのは、どんなに急いでも今夜半過ぎになるということだ。何とかその連中を無事に撤退させるまで、俺たちはゴルドア軍を足止めしなければならない」
 「航空支援は期待できるんですか?」
 神経質そうな目をした男、ランスが聞いてきた。
 「現段階ではわからん、としか言えんな。今、空軍の連中がまさに制空権の奪い合いをやってる最中だろうから」
 「つまり最悪、空からの攻撃もありうる・・・・・・」
 「そういうことだ」
 場に嘆息にも似た空気が流れた。無理もない。これではほとんど自殺行為だ。
 「一応最新の連絡では、なとか制空権は確保できそうだとのことでしたが」
 「あてにしないほうが無難だろう」
 リスの報告も、確定情報でない以上、計画に入れるのは危険といえる。
 「とにかく、俺たちは俺たちの仕事をするだけだ。90分後にはここを出て待機地点まで移動する。それまでに飯を食って、機体を立ち上げておけ。以上!」
 先の見えない作戦にすでに疲れた表情を浮かべて各員が指揮車から降りていく。
 直装機の立ち上げというのは、かなり時間がかかる。待機状態であっても稼働状態まで持っていくのに少なくとも30分以上。ひどい場合には1時間近くかかる場合もある。これはパイロットと機体をいきなりつなぐことができないということと、動力炉であるダブレッサーを安定動作させるのに少々手間がかかるという二つの理由からだった。
 各トレーラーの脇にはテントが張られ、中では兵士らが思い思いに食事を摂っていた。食事といってもいつ移動しなければならなくなるかわからないこの状況では、固形や半生のレーションくらいだが。
 おおよそ1時間ほどたったころ、トレーラーから展開した整備ベッドから8人の巨人が静かに立ち上がった。すでに日は落ち、あたりはかなり暗くなってシルエットぐらいしか見えない中、エディらはゆっくりと移動を開始した。
 直装機は基本的に2機一組で小隊を形成して活動する。この直援第31分隊では4小隊あるわけだ。A小隊長は分隊長でもあるエディ。乗機はグラバランス。他に類似機を見ない、独特な機体で烏帽子をかぶってるような頭部が目につく。以下彼の僚機のランス。搭乗するのはベアマックス。B小隊長はこの小隊唯一の女性パイロットのリス。乗っているのはディスヴォルク。B小隊のもう一人はカース。乗機は量産型のブランシェ−ル。C小隊長は岳龍。彼は南大陸東方の出身で僧侶でもある。愛機は仙閣。独特な意匠が施された機体だ。ベアードに乗ったシェールが僚機だ。D小隊長はカスケン。ラムランス人でヴォルクに乗っている。ラストはC小隊のシェールと双子のクラックス。乗っているのも同じベアードだ。
 8人はまるで人間のように静かに移動する。シルエットがおかしいが、どうやらカモフラージュネットをかぶっているらしい。夜が明けたあと、制空権を取られていれば上空から丸見えになるのを避けるためだ。もっとも、最新の電子機器を積んでいる偵察機には何の役にも立たないが。
 「連絡では連中の先頭は稜線のすぐ向こうまで来ているそうです」
 「なら、もう数時間のうちにここまで来るな。1時間程度稼げば安全圏まで撤退できるか」
 この撤退とはもちろん友軍のことであって、彼ら自身のことではない。
 「よし、この沢筋を中心に展開する」
 グランがそう指示すると8人は音もなく散っていった。2機ずつ4つの小隊に分かれ、森の中で息を殺す。森の木々は10メートルほどの高さだが、直装機でもかがめば隠れることはできる。さらにカモフラージュネットが森と一体化してくれる。
 音はない。まったくの無音。森の生き物の声さえ聞こえないのはこの緊迫した空気を感じてのことか。空からも何も聞こえないところから制空権は何とか確保できたのだろう。まだ断言するには早いが。
 どのくらいそうしていただろう。まだ上空には夜明けの気配も感じられないが、かすかに何かが聞こえたような気がした。
 「来やがったぞ」
 無線でかすかにカスケンがささやく。
 「直装機の反応が6・・・・・・いや、まだ後ろにいるな。それ以外に装甲車のような反応もある」
 「装甲車?」
 「・・・・・・全機抜刀。戦闘準備」
 この足場の悪い中を装甲車がやってきたことは少々気になるが、エディは各員に戦闘準備を命じた。直装機は謎が多い。その中でも最大級の謎が装備品の制限だった。どういうわけか直装機には銃器類は一切装備できないのだ。無理に持たせようとすると最悪の場合、機体がシステムダウンしてしまうということもあった。したがって直装機の武器は剣などの刀剣類が一般的である。刀といっても16メートルの巨人が持つのである。その破壊力は一撃で戦車でも破壊できるほどなのだ。
 「・・・・・・来た」
 もはや全員がセンサーに敵の全貌を捕らえていた。直装機が10機に装甲車が3台。装甲車はどうやらミサイル装甲車らしい。これは厄介な敵だ。戦車ならそのスピードは直装機のほうが圧倒的に上なので対処が簡単なのだが、車輪の装甲車はスピードもそれなりに出るので作戦によっては直装機でもなかなか厄介な敵となる。それに今回はミサイル装甲車だ。その攻撃力は直装機の装甲もたやすく貫いてしまう。
 直装機のほうはゴルドアでは標準的なバウズだ。これはトリペリア教国が生産し、関係の深い国々にも配備させている機体で、小型ながら膂力があるので有名である。武装は手斧をよく用いている。
 しかしなぜエディらラムランス側は敵を把握できて、ゴルドア側はできないのか? 理由はいくつかある。まずラムランス側はアイドリング状態にまで活動を絞り込み、パッシブセンサーのみを使っていたこと。またゴルドア側は敗走する敵を追いかけているので、まさか待ち伏せしているとは考えてなかったという気の緩みもある。それでも一応ミサイル装甲車を同行させているあたりは、最低限の警戒はしているようだ。また2機ずつ分散して隠れていたことも幸いした。いくらアイドリングといえども稼働している限り熱やノイズは多少は発生する。それが何台も集まっていればそれだけ気付かれやすくなってしまうということだ。
 ゴルドアは縦に長く隊列を組んでいる。地形の都合上、それが一番早く進めるが、正面や後方に敵が現れた際には戦力が十分に生かせない形でもある。
 そして、その懸念は見事に的中する。
 ザンッ!
 一瞬の出来事だった。ゴルドアの先頭を進んでいたバウズが、横から飛び出してきた何かに切りつけられた。完全な不意打ちで、棒立ちになったバウズはやがて轟音とともに倒れた。シェールのベアードの太刀が一撃で致命傷を与えていた。
 そしてこれを皮切りに残りも森から飛び出し、一斉に攻撃を仕掛けた。
 戦況は瞬く間に乱戦の様相を呈してきた。