「続・動き出した世界」機動直装グラバランス 第1話

 続いて木立が爆発したかのように散らばると、そこから仙閣の青い影が飛び出し、ミサイル装甲車に持っていた昆を突き立てた。
 一瞬の間ののち、ミサイルが誘爆してあたりが閃光に包まれる。
 「ぐわっ!?」「待ち伏せ!?」
 ようやく事態が飲み込めたゴルドア側だったが動揺は収まっていない。さらに今の爆発の閃光で何機かのバウズの目が一時的にとんだようだ。そこへラムランス側が畳み掛けるように襲い掛かる。
 ガキンッ! キンッ! ドガッ!
 敵味方入り乱れてはいるが、ゴルドア軍はバウズのみなので見分けやすいといえば見分けやすい。エディらはこの数合いのうちにさらに2機のバウズを葬っていた。大してゴルドア側の戦果はゼロ。すでに数の上での有利さもなくなっていた。
 「こいつら、ラムランスの外人部隊か!」
 いまさらといった感だが、侵入軍は自分たちの相手を正確に認識したらしい。
 「いったん引くぞ!」
 「逃がすかっ!」
 ランスが下がろうとした敵の前に剣を突き出す。相手はかろうじて手斧で受けるが、体制は崩れており、そのままベアマックスに押される。他のバウズもそれぞれラムランス軍と交戦状態になっている。
 両手に手斧を持った機体がディスヴォルクに向かっていくがリスは落ち着いて太刀でその攻撃を軽くさばいていく。その後ろでカースのブランシェールが優雅とも取れる動きで両手の持つ曲刀をまるで舞うようにゴルドアの小型機に切り付けていく。カスケンのヴォルクも大剣とは思えない鮮やかさで相手に確実にダメージを与えている。その脇ではしっかりとカスケンの死角をクラックスがカバーしている。
 「こいつら、結構粘るなっ!」
 カスケンがバスターソードのような大剣で何度目かの切り合いをしながらがなった。実際、ダメージは確実に与えているはずなのだが、手ごたえとして相手の損失が感じられない。
 「! シェール! 危ないっ!」
 リスが叫ぶより早く、木陰に隠れいていた装甲車が積んでいたミサイルを一斉に発射した。目標はロートルのベアードか。しかしパイロットのシェールは慌てなかった。
 彼はなんと機体を装甲車に向けて飛び込ませたのだ。至近距離からの発射だったので近接信管は作動させていないと踏んで、ミサイルの下をくぐるようにスライディングさせて装甲車に肉薄する。
 ギィンッ!
 しかしベアードの太刀は装甲車には届かなかった。
 「そう好きにされてたまるか」
 間に割り込んできたバウズが巨斧を地面に突き立ててベアードの突進を防いだ。即座に起き上がってシェールは間合いを取り直す。
 「無理をするな。あれはやる」
 「わかってますよ」
 いつの間にか背後に来ていた仙閣とやり取りしつつも、目はしっかりと両手斧を地面から引き抜くバウズを捕らえている。動きが他に比べて鈍いように見えるのはあの巨大な斧のせいだろう。バウズがいくら小型機だとはいえ、その全高とあまり変わらない大きさというのは非常識を通り越して馬鹿げてさえいる。それでも先ほどの動きはすばやかった。つまり、機体と乗り手がうまくマッチしてるのだ。こういう敵はきわめて厄介である。
 「・・・・・・!」
 ベアードとバウズが動いたのはほぼ同時だった。二人のちょうど中間で交わると『ガキンッ!』と鋭い音がした。
 先に動いたのはシェールだった。剣を地面に突き立て、それに寄りかかるように身体を支える。かなりダメージがあるようだがどうやら生きてはいるようだ。と、その後ろでどうっ、と音を立ててバウズが倒れる。見れば両の手首と腹部に大きな裂け目ができている。あの一瞬でこれだけの手数を与えたのは感嘆に値するだろう。
 別の場所では、エディが2機のバウズを相手にしていた。バウズらは2体並んで、それも左右対称に手斧を持っている。
 「む?」
 肩を組んでいるのではないかと思うほど接近した2機は、そのままグランに突撃してきた。エディは手にしていた剣を正眼に構える。だがバウズは左右両方から斧を振り上げてきた。これでは左右のどちらにも逃げれない上に、一方の相手をすればもう一方に対して無防備になってしまう。
 3体が重なる瞬間、グランが疾風のように動いた。
 ど、どぉん!
 驚いたことにエディは一瞬のうちに2体とも切り伏せていた。ぎりぎりまで動かず、相手が間合いに入ってきた瞬間に片方に踏み込んで切り付け、返す刀で目標を見失っていたもう一体を倒すという離れ業をやってのけたのだ。目にも留まらぬ速さでこれをやってのけるエディはとてつもない技量だといえよう。
 まわりでは既に何体かのバウズが擱座している。エディはざっとまわりを見回してみた。形勢ではこちらが確実に押している。
 「リス、ここは頼む」
 「はい!」
 突然どこへ行くのか気にはなったが、あえてリスは聞かずに目の前のゴルドア軍に集中した。
 グランは仲間に背を向けて踏み出したが、その前にバウズが一機、立ちはだかる。
 「逃がすかぁっ!」
 ザンッ!
 予備動作もなく、まるで目の前の虫を払いのけるかのように右手一本でやすやすと短躯の敵兵を地に這わせた。しかもまだ倒れきる前に、すでにグラバランスは走り出していた。
 エディが向かったのは彼らのキャンプ地だった。そこには非戦闘員のメカニックなどのバックアップ要員が70人ほどいる。戦闘要員などほとんどいないし、いたところでろくな武装はない。襲われれば決着はあっさりつくだろう。
 そのキャンプ地が火に包まれていた。エディは戦闘途中から敵の装甲車2両が見えないことに気付いた瞬間にこのことはわかっていた。だがまだ間に合う。トレーラーの装甲は厚く、機銃程度では貫けない。幸いゴルドアの装甲車はミサイルはエディらとの戦闘で撃ちつくしていたのかそれらしき痕は見当たらない。敵の装甲車2両とラムランスの戦闘指揮車が走り回りながら互いに機銃の応射を繰り返している。あちこちで上がっている火の手はどうやらテントなどが燃えたもののようだ。
 どんっ!
 エディはグランに大きく一歩を踏み出させると、水平にほとんど飛ぶように装甲車に向かっていった。実際、それくらいのスピードだったのだ。そして機銃程度しかない装甲車は直装機の敵ではなかった。
 グランの剣というよりは棍棒を連想させる一刀に、装甲車は真っ二つになって空高く舞い上がる。空中で爆散した姿は夜明けの空に鮮やかに広がった。
 「マーモ、無事か? 無事なら返事してくれ!」
 もう一両の装甲車を追いながら、エディは無線で呼びかける。と、あっさり返事が返ってきた。
 「わしはもちろん無事じゃよ。メカニックも無傷というわけではないが、ほとんどがトレーラーに逃げ込むことができたんで、なんとか生きとるよ。わしらは気にせんと、派手にやってくれ!」
 ふ、とエディは口元にかすかな笑みを浮かべた。
 「リス、そっちはどんな感じだ?」
 「あと3機なんですが」
 無線越しの声はやや沈んで聞こえた。
 「その3機が、そちらに向かって移動したので、追っているところです」
 おそらくここにいる装甲車がグランの出現を伝えたのだろう。そっちがそのつもりなら。エディはランダムに進路を変えつつ機銃を撃ってくる装甲車を視界に捕らえた。ゆらり、と一刀を下げたまま戦闘車両に向かっていく。向こうは狂ったように機銃を撃ちこんでくるが、ミサイルならまだしも、機関銃程度ではかすり傷にもならない。と、突然キューポラが跳ね上げられ、中から兵士が姿を現した。その兵士はすさまじい形相で何事かを叫んでいたがエディはあえてそれを無視した。その兵士が肩越しに携行型ロケットランチャーを構えたからである。これをこの距離で食らえばさすがにダメージは大きいが、右に左にと大きく進路を変える車上では狙いを定めるのも難しく、なかなか引き金が引けないようだ。無論それに黙って付き合う必要なはない。グラバランスが一歩踏み込むと、そのまま無造作に剣を振り上げた。
 剣はまだ届く距離ではなかったはずである。それなのに装甲車は真ん中で真っ二つになり、左右に転がるとそれぞれが爆発した。
 無線越しに整備員らの歓声が聞こえた。今の様子を見ていたのだろう。しかしエディの表情はまだ硬い。彼はすぐ森のほうを振り返った。グランの『耳』には森の木々を踏み倒しつつ進んでくる直装機の足音を捉えていた。目を凝らすと、森の上にバウズの頭部が見え隠れしている。もうすぐそこまで来ている。エディは右手に持っていた剣を両手で構えた。
 だが、彼はすぐにその緊張を解いた。直後、森のほうから轟音が聞こえてくる。
 キンッ! キンッ! ガガンッ!
 どうやら追っていたリスらが追いついたようだ。剣戟の音が聞こえるが、かなり近いらしい。すると突然、森から何かが飛び出してきた。エディは軽くかわしたそれは、頭部から胴にかけて大きな裂け目のあるバウズだった。何とか起き上がろうとはしたが、やがて力尽き、動かなくなった。
 続いてもう一機が森から出てきた。こちらは目の前にグランがいることに驚いたようだったが、すぐに手斧を構えてグランに向かってきた。全身傷だらけだったその機体はそれでも一度フェイントをかけるとグランの足元にもぐりこみ、下から飛び上がるように切りつける。しかしそんな苦労もグランの前では意味もなく、剣で斧を払うと体勢の崩れたバウズを蹴り飛ばし、起き上がるより前に剣で止めをさした。
 エディが手負いのバウズに止めを刺したまさにその瞬間、森からバウズと仙閣が絡まりあって出てきた。岳龍は宗教上の理由で刃物が持てない。そのため彼の乗機の仙閣も武器には長い棒状の昆を使用している。だがこんな長い武器は木々が密生しているような場所ではうまく扱えない。それでここまで引っ張ってしまったのだろう。だがいったん森から抜けてしまえば話は別である。岳龍は愛機にいったん腰を落とさせるとその低い姿勢のまま昆を腰の後ろに構えてバウズに向かっていった。敵は両手に斧を持ち、それで器用に仙閣の昆を捌いている。しかし直装機の全長ほどもある昆と片手斧とではリーチが違いすぎ、徐々にバウズは追い詰められていく。
 そんな間に続々と森からラムランス側の機体が出てきた。さすがに無傷とはいかず、ところどころに傷があったり装甲板がめくれたりしている者があるものの、全般に損傷は軽微なようだ。
 ガキンッ!!
 一際大きな音が響いた。見れば仙閣がバウズの片方の斧を弾き飛ばしていた。
 そしてそこからの一連の動きは見事の一言だった。
 岳龍は突き出していた昆を引くと軸足を中心に半回転しつつ一歩踏み込み、その回転をそのまま昆に乗せて相手の胴へと叩き込む。ぐしゃ、となんともいえない音とともに、バウズの機体のあちこちから液体が噴き出し、それが血を連想させた。この間、瞬きするほどの時間もかかっていない。
 どっと言う音とともに最後のバウズが沈黙する。
 「これで終わりか?」
 「そのようです」
 リスが上を見上げながら報告していたので同じように見上げると、そこには朝日を受けて輝く友軍の偵察機が見えた。どうやら制空権のほうも確保されたらしい。
 「よし、それじゃあ俺たちも友軍と合流するか。各機、トレーラーに乗れ。けが人は衛生兵にちゃんと申告しろよ」
 追撃があるかもしれないので、直装機はトレーラーの上で警戒しつつの移動となった。
 5台の車両が朝日を浴びながら引き上げていく。それをどこか遠くから『見て』いる者がいた。
 「・・・・・・奴も出てきたのか。まあいい、今回こそけりをつけてやる」
 これより世界は音を立ててその姿を変えていく。その先に何が待つのか。それを知るものはまだ誰もいなかった。