「突入」

 男たちを乗せた車両が、がたがたと揺れながら夜の街を切り裂いていく。一見するとごく普通のワンボックスとバスが一台、繁華街を横目に旧市街のほうへと入っていく。そこは街灯もまばらな寂れた光景を広げていた。
 2台の車はそんな旧市街の一角で止まる。するとワンボックスから4つの人影が出てきた。ドアの開閉はもとより、歩く足音さえ聞こえない。
 「・・・・・・」
 人影はお互いに頷き合うと、声も交わさず行動に移った。二人ずつ2チームに分かれ、1チームが先行し、残ったチームがバックアップするようだ。
 わずかに残る街灯の下を通ったときに、その姿が確認できた。全身黒尽くめの、異様にいかつい体型をしている。その手にはサブマシンガンのような銃器も確認できた。
 そう、彼らはこの日本という国家の、内閣直属の特殊部隊、特殊公安局。通称特公である。
 すでに21世紀も後半に来ているこの時代、所轄の普警では対応できない事件も多発していた。ロボット工学やサイバネティックス技術が21世紀に入って飛躍的に進歩し、さらに駐留米軍が本国の国力衰退のあおりで引き上げたことを受け、自衛隊が半ばなし崩し的に国防軍となり、軍事費が一挙に増えたため軍事関連技術もまた一段と発展した。その技術の一部は民間にも提供され、これまで困難だった病気や怪我に対する新しい治療法となった。
 しかし、事はそれだけにとどまりはしなかった。単なる義手や義足程度ならまだしも、軍事用に開発された戦闘用パーツを移植したサイボーグが軍を脱走したり、また元在日米軍から横流しされたパーツを使って違法に手術を請け負う闇医者が、暴力団やマフィアなどにサイボーグを提供したりといったことが起こり始め、警察庁も防衛省と対応を協議した結果、内閣直属という形でそれらサイボーグ犯罪などに対応する組織を立ち上げた。それが特殊公安局である。
 彼らは普警では対処できないようなサイボーグ犯罪など、より強力な戦闘力が必要な際に出動し、場合によっては普警を指揮する権限も持っている。
 今回は非合法の掛けバトル会場に違法サイボーグがいるという情報をつかんでの出動だ。
 4人はいずれも外骨格型強化ユニット「パワースーツ」を着用している。彼らはすべて生身の人間なので、サイボーグ相手にはこういった装備も不可欠なのだ。もちろん武器も、公安とは思えない強力なものを持っている。
 彼らはすべるように物陰から物陰へとすばやく移動し、路地裏へと入っていく。
 「あれか、思ったよりも小さいな」
 第一小隊フォワードの佐野が、目標を見て小さく呟く。目標となる建物は出動前のブリーフィングで写真を確認し、頭に叩き込んである。もっともこの建物は入り口に過ぎず、入るとすぐ地下へと下りる階段があるはずだった。
 「監視の気配なし。状況を開始する」
 第一小隊バックアップの梶本が佐野の肩越しに左右に視線を配りつつ、油断なく手にしているマシンピストルを構えながら後方に伝えると、佐野が音もなく駆け出し、目標の今にも崩れそうな小屋に取り付く。
 すぐに梶本も建物に近付く。その間に佐野は入り口を確認し、侵入準備を進めている。
 「こちら小川、特に異常なし」
 「こちら河本、同じく異常なし」
 第二小隊の二人からの無線をヘルメット内に聞きながら、佐野は作業を進めていた。
  「・・・・・・振動センサーに感あり。間違いない、この下だ」
 佐野はかたわらの梶本と見交わし、うなずいた。
 「入り口にトラップ等はないようだ。これより内部に入る。バックアップを頼む」
 そう言うと、佐野は静かに、しかしすばやく小屋の中へと入っていった。すぐに梶本も続く。
 内部は事前の情報どおり、地下への階段を隠しているだけだった。二人は暗視スコープを作動させて階段を下りていく。だが階段はすぐに終わり、やけに頑丈そうなドアが行く手をふさいでいた。
 ドアノブに佐野が手を伸ばし、ゆっくりと握る。そのまましばらくじっとしていたが、やがて梶本へうなづいて見せた。梶本は銃をドアに向けて構える。
 佐野がわずかに腕に力をこめると、ゆっくりとドアが手前に動き出した。すると今までまったく聞こえてこなかった、ものすごい大音量のサウンドと、それに負けないくらいの歓声がドアの隙間からあふれ出してきた。あまりのボリュームに、二人はあわてて外部マイクを一度ミュートしたくらいだ。
 マイクを戻すとそのまま緩やかにドアの隙間を広げ、佐野はその隙間からスカウトカメラを差し入れ、内部の様子を探る。
 「・・・・・・ん?」
 「どういうことだ?」
 リンクして同時にモニタリングしていた二人が怪訝な表情になる。内部は意外に広いが、それでも10メートル四方もないだろう。そんな中に10人ほどの観客と思しき人物たちと、彼らの中心には鎖で互いの左腕同士をつないだ、いわゆるチェーンバトルを繰り広げている真っ最中の上半身裸の男が二人。赤外線などもチェックしてみたが、彼らの中にサイボーグはいない。
 「ガセか?」
 「普警の仕事だったかもな」
 やれやれと佐野が呟きながら暗視スコープを上げる。しかし違法行為には違いないのだから放置するわけにも行かない。普警に引き継いでもいいのだが、それだとここまで出張ってきたのが無駄足になる。
 「しょうがない、たまには公安らしい仕事もしますか」
 生身の人間相手には少々大仰過ぎるのだが、80発入りのバナナマガジンをつけたマシンピストルを構えると、二人はカウント2で飛び込んだ。
 「特公だっ! 全員そのままで動くなっ!」
  「両手を挙げろっ! 妙な動きをしたらミンチにするぞ!」
 これは半ば本当だった。そんな脅しが効いたのか、最初こそパニックが起こりかけたが、すぐに指示に従い、みな黙って両手をあげて立ち尽くしていた。佐野と梶本の二人は順番にナイロンテープで後ろ手に縛り上げていく。そのときだ。
 「梶本! 後ろっ!」
 佐野の叫びとヘルメットの警報とはほとんど同時だった。とっさに振り返った梶本に見上げるような大男が尋常ではないスピードで腕を振ってくる。梶本はそれを銃で受け止めようとしたが、あっさり銃を叩き落とされてしまった。
 「こいつ、いったいどこに?!」
 「店員兼ガードマンってとこか」
 さらに続けて攻撃しようと突っ込んでくるのを、梶本はバックステップでかわす。そこに佐野が銃撃で援護に入った。
 ガガガガガガガガガン!!
 オートで引き金を絞ったので、まるで機械の作動音のような一続きの音のように聞こえてくる。しかしボディガードは両腕を上げて顔への着弾を防いだだけで、弾が当たった腕は着ていたシャツが粉砕されて金属質の肌が露出した程度で、ほとんどダメージらしいものは確認できない。
 「ち、超硬スチールじゃねーのかよ」
 「佐野! とりあえず確保したこの連中を上へ!」
 そういうと梶本はサブアームのハンドガンを構えて、一発撃った。
 ドン! という低く重い銃声が響く。メインのマシンピストルはケースレスの9ミリ硬質フレシット弾を使っていたが、こっちは45口径の特殊炸裂弾頭を使用した対サイボーグ用のオートだった。
 まさかそれでも、外殻がへこむ程度だとは!
 「これだったらハチマル式、申請しとけばよかったな。佐野、そっちはどうだ?」
 聞きながらもう一発。顔はガードされてるので腹に打ち込んだが、足が一瞬、止まっただけだ。ヘルメットの中で梶本がしぶい表情になる。
 「こっちはもう少しだ」
 了解、と返したものの、正直、決め手がない。ハンドガンは銃身が使用している弾のわりに短いので、グルーピングにやや難がある。梶本も相手の装甲の継ぎ目などを狙ってはいるのだが、もう少し近付かないと難しい。しかしこれ以上接近すればヤツの腕が一瞬で伸びてくるだろう。
 ドン! ドン! と二発続けて撃ち、いったん距離をとろうとした。しかしすでにハンドガンは脅威ではないと知ったガードマンは弾に当たりながら突っ込んできた!
 ダァンッ!
 とっさに銃を捨てて受け止めようとしたが、まるでダンプに衝突されたような衝撃に一気に壁まで吹っ飛ばされた。
 「があぁっ、あぁ・・・・・・」
 コンクリートの壁に半ばめり込んで止まったが、パワースーツのおかげで体のダメージは打撲程度で済んでいる。けれどもヘルメットの中でシェイクされた頭は脳震盪を起こしてしまっていた。
 かすむ視界の中に、ゆっくりとこちらに近付くサイボーグの姿が見える。異様に盛り上がった両腕に半ば体に埋もれたようになっている頭にはスリット状に装甲の裂け目があり、そこに4つか5つほど赤い小さな光が見える。梶本はこの段になって初めて相手が米軍規格のパーツを使っていることに気付いた。
 「特公もたいしたことはねーな。最初は思わず隠れちまったが、これならはなっから相手すりゃよかったぜ」
 声がくぐもってるのは口が装甲の下にあるせいだろう。梶本の目の前まで来たサイボーグは、ある意味、隙だらけだった。だからといって梶本に打つ手があるわけでもないが。
 どどぉんっ!!
 「ギャッ!」
 突然、サイボーグの背中で爆発が起こると、梶本の脇の壁にたたきつけられた。
 「梶本、生きてるか?」
 「河本か、助かったぜ」
 店の入り口のほうから、グレネードランチャーのような大型銃を担いだ河本が入ってくる。その後ろには佐野と小川と思しき姿も見えた。
 「な・・・・・・他にも、いやがったのか」
 「なんだこいつ? まだ息あるのか? タフなやつだなぁ」
 小川が背中に大穴の開いたサイボーグに近づくと、首の後ろ辺りになにやら機械を押し付ける。するとばちっ、と一瞬火花が飛んで、それっきりおとなしくなった。
 ようやく頭もすっきりしてきた梶本が佐野の手を借りて立ち上がる。< BR> 「じゃ、これでミッション完了、と」
 地上に出て車に戻ると、全員ヘルメットを外し、サポート要員から渡されたコーヒーをすすると、ようやくひとときの休息を得たという気になる。確保していた掛けバトルの選手と観客は、すでに普警に引き渡して対応させていた。サイボーグガードマンは暴れられないように両腕を外し、生体維持装置に接続して機械部分の電源を切ってある。
 「なに気の抜けた面してんだ。帰ったら報告書だぞ」
 「げー」
 さすがに今回の報告書の内容は気が重い梶本が顔をしかめると、車内にどっと笑いが起こる。
 車は、白々と夜が開け始めた旧市街をあとにしていった。